こんにちは、まりんばぁです。
別居して実家に戻ってから半年後に母から脅迫状を突き付けられて丸1年を迎えた。
人生の中でも強烈な出来事で、ちょっとしたきっかけでその日のことをちょくちょく思い出して嫌な気持ちになる。
私独自の解釈だが、母親という存在はたとえ世間の全員を敵に回しても最後まで味方してくれる存在だと思っていた。
どんなに悪くても最後まで見捨てずに受け入れてくれる、それが母性と言えるものではないだろうか。
私にも子どもがいてどんな時でも、どんな状況でも子どもから助けを求められたら全力で助けてあげたいと思っている。
子どもはかけがえのない存在で、有難いことに授かることが出来たことに感謝している。
なのに、私の母には母性というものが全く感じられない。
思い返せば母からは理不尽な、無慈悲な仕打ちをされたことしか思いうかばない。
でも配偶者からの長年に渡るDVでもう耐えられなくて母を頼って別居してきた。
別居を決意するまで長い時間母には話を聞いてもらってきた。
重大決心して母を頼っての別居、でも母は心の底では出戻って来た私を恥じて疎ましく思っていたようだ。
私はそんなことは微塵も思っていなくて、年老いた母が少しは丸くなって優しい母になっていると勝手に思っていたようだった。
気持ちの行き違いが日に日に大きくなって、私という存在が母にとって邪魔になってきたのだろう。
とうとう私に男ができたという妄想を抱いて、ふしだらな女を家に置いておけないから出て行けという脅迫状を書いて私に突き付けてきたのだ。
私がどんな思いで母を頼って地元に戻って来たのか全く理解できていなかったんだという強い落胆と我が子を追い出すという神経に恐怖すら覚えて、その脅迫状を読んだ後は1分でも母のいる家に居るのが苦痛だった。
今となってはこのお城に住むことが出来て、ひとりになって離婚することもできてやっと薔薇色の人生に1歩進むことが出来たから結果オーライと言っても良いのかもしれない。
でも、とうとう母への我慢のリミッターが外れてしまってもう二度と母に会いたいとは思わない。
取り返しのつかないことをされたと思っている。
自分の誕生日よりもこの脅迫状を突き付けられた日は私の心に大きく刻み込まれてしまった。
その148 へつづく


