旦那の介護認定

山あり谷あり私の人生その23
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています

こんにちは、まりんばぁです。

プチ家庭内別居宣言してからあっという間に1年が過ぎた。

その生活にも限界が生じ、いよいよ別居することに覚悟を決めた矢先に私の人生は、思いもよらない方向に進み始めた。

前回の「県民共済ってすごい!加入していて本当に良かった!!」の続き。

旦那が転院してから1週間経った。

旦那は脳腫瘍という病気だったので、後遺症が少なくともあると考えられるし、まだまだ入院生活が続く。

退院できたとしても、介助や介護は必要になると思ったので、前の病院に入院中に友達からの助言もあって介護認定の申請をしていた。

そして先日転院先の病院で介護認定の面談をした。

旦那は転院した病院ではよりパワフルになって、メールでの指示が毎日のように来る。

病院で禁止されているような物を持ってくるように要求したり、病院の手続きや今休職している職場への手続きに関してまでも口出しをしてくる。

今回は紙おむつにお世話になっているくせに料金が高いから病院での契約をキャンセルすると言ってきた。

旦那が実際にどの程度の頻度で1日に紙おむつを使用しているかもわからないし、在庫管理ができないから病院にお任せしている。

旦那はとにかく自分で見たもの、自分で納得したものしか信じないタイプ。

私のことはひとつも信用していない。

勝手に私が旦那のお金を自由に使いたいだけ使っていると思っているのだろう。

財布を持ってくるようにとまで言ってきた。

病院では貴重品類は一切持ち込み禁止で、お金も小銭程度しか渡すことが出来ないことになっている。

だけど自分でお金の管理が出来なくて我慢できないんだろうね。

そんなやり取りを事前にしていて、介護認定の面談に至ったわけだが、旦那は市の相談員さんの質問にスラスラと答え、片足立ちまで披露した。

看護師さんと面談の後にどういったお話をしたのかわからないけど、この状態からは介護認定にはならないような気がした。

もう家に帰って来れることがほぼ確定のような気がしてまた気持ちが暗くなってしまった。

認定はこの後1カ月の間にされるそうだ。

施設入所ではなく家に戻れることになった場合は別居の仕切り直しをしなくては。

とにかく戻ってきたとしても旦那とはもう一緒には住みたくない。

また1から100まで指示され、支配される生活に戻るなんてまっぴらごめんだ。

中断していた別居の準備をもう一度1からやり直していこう。

その24へつづく

驚異の回復力で本当に家に帰ってこれそうだよ
スポンサーリンク
スポンサーリンク

↓クリックいただけると嬉しいです

PVアクセスランキング にほんブログ村
山あり谷あり私の人生その23

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次