化粧をするたびに思い出す

薔薇色になりつつある私の人生159
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こんにちは、まりんばぁです。

母は根っからのいじめっ子体質だ。

母は私が物心ついた頃から私を貶すことを楽しんでいたと思う。

いつも優秀な姉と比較され、どんなことに対しても姉は出来るのにお前は出来なくてダメだと言われ続けてきた。

母のハードルはかなり高いことを私は短大受験に合格してひとり暮らしをするまでわからなかった。

社会に出てから私は普通であると認識したが、それまでの私は母からダメのレッテルを張られ何もかもが底辺の人間であるかのように言われ続けていたから自分に自信を持つことが出来なかった。

家族には恵まれなかったが、友達には本当に恵まれて学生時代も社会に出てからもひとりでいるときはそれなりに楽しかった。

母から一刻も早く逃れるために結婚を急いだ。

結婚当初は子どもにも恵まれてそれなりに楽しかったと思う。

定期的に家族で帰省して泊まってそれなりに親孝行もしてきたつもりだ。

私の父は孫たちと会うことをとても楽しみにしていて、子育てに奮闘している私をよく頑張っていると褒めてくれた。

母は結婚してからも何かと私を貶したいらしく、出産後に太った私を見て醜いとか、そんなに大きなお尻が見えるような短いセーターを着るなとか言われた。

姉は体質的に太れなくてとてもスリム体形で出産しても相変わらず細かった。

そんな姉と見比べて私が太っていて醜いと感じたことをストレートに口に出す。

母だって若い頃に比べ物にならないくらい太っているのに自分のことは棚に上げて貶し放題だった。

朝に化粧をしている時も母は姉に比べて私の化粧の仕方は下手だと言ってきた。

「姉は口紅をきれいにひけるのにお前はひき方がへたくそだな」結婚当初言われたその言葉が何十年経っても化粧をするたびに繰り返し思い出される。

まるで呪いの言葉のように口紅をひき始めると脳裏に浮かぶ。

母は自分の言葉がどれほど私を傷つけているかなんて何も感じていない。

本能のまま発しているから何も意識していないのだろう。

そんな私を傷つける言葉は旦那と別居して実家に戻って来た時も変わらなかった。

無意識な言葉や行動は自分で自覚しない限りあらためられることはない。

母は一生変わらない。

会わなくなってもう1年過ぎたがそれでも母から言われた言葉やされた嫌なことを毎日思い出して気持ちが下がる。

私の傷が癒えるのはまだまだ先のようだ。

その160 へつづく

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