ようやく実家の母の顔を見ることができた

山あり谷あり私の人生その12
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こんにちは、まりんばぁです。

プチ家庭内別居宣言してからあっという間に1年が過ぎた。

その生活にも限界が生じ、いよいよ別居することに覚悟を決めた矢先に私の人生は、思いもよらない方向に進み始めた。

前回の「どこまで片付けていいのやら」の続き。

旦那が脳腫瘍のため手術をして、入院してから1ヵ月以上経つが、その間は自分の用事を済ますことができない生活が続いている。

遠方の実家に住む高齢の母のサポートにも行けないでいた。

旦那の再手術の後、退院もリハビリも未定となり10月を迎えてしまった。

面会することも思うようにできず、実際の病状をうかがい知ることができない毎日。

ただ病院からの連絡を待つだけで何もすることができないもどかしさ。

ようやく医師から連絡が入った時にしびれを切らして2、3日家を留守にしてもいいか尋ねてみた。

以外にも医師からは容態が悪化する可能性は少ないから2、3日遠くに出かけてもいいとの返事だったので、ようやく実家に帰ることができた。

母には9月早々に旦那と完全に別居をして実家に帰る話になっていたのが、旦那の予期せぬ入院で計画が無しになってしまった。

母は私を向かい入れるべく、母なりにいろいろと不要なものを整理したりして、私の居住スペースを確保してくれていたそうで、家の中はすっきりしていた。

私が完全に帰ってくることができなくなってしまったことにはかなり落胆していたが、またひとりで頑張らなくてはならないと気持ちを切り替えてくれていて、滞在中の母はとても気丈にふるまっていた。

母の健気な姿に、へんに期待をさせてしまって、とても申し訳ない気持ちと悲しい気持ちでいっぱいになってしまった。

この先のことは予測できないが、旦那の容態が落ち着けばまた1ヵ月に1度のペースで帰省することもできるかもしれない。

先の読めないことをあれこれ考えたり心配してもしょうがいねと2人で話をしたり、美味しいものをたくさん食べたりして楽しい時間を過ごすことができた。

母には今回かなり迷惑をかけて振り回してしまった感があるが、そのおかげで断捨離を進めてくれて家の中が少しすっきりしたことは良いことだったのかな。

今月で90歳になる母。

あと何年一緒にいられるのかわからない。

今のうちに終活・断捨離を少しづつでも進めていけることは本当に有難いことだ。

その13へつづく

やっと実家に帰ることができたよー
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