こんにちは、まりんばぁです。
むこうの家も実家も一軒家持ち家だ。
むこうの家は旦那が「俺が建てた家だ」と常日頃私に行っていた通り、家じゅうの設備管理や清掃は旦那がやっていた。
もともととても潔癖症で掃除好きなので、新婚初日に私の掃除が気に入らなくて1からやり直され、それ以降自分のやり方で掃除をしないと気が済まない人だった。
なので私が手を出すことが一切出来ないままずーと過ごしてきたが、昨年の夏に旦那が脳腫瘍のため手術・入院を余儀なくされ、別居が一時延期となり、場合によってはひとりでこの家を管理しながら住み続けていくという選択肢に変わりそうな雰囲気になった。
旦那の入院期間は3ヶ月強もかかり、2度も手術をして一時は障害の程度にもよるが退院後は施設入所になるかもと言われるくらい状態が悪かったので、自分なりに住みやすい環境作りを始めた矢先のリハビリ転院した頃には、医師から奇跡的に何の障害も残らず普通の生活の戻れると太鼓判を押されたので、時間はかかったが当初の予定通り別居することが出来た。
そんなわけで、軽くても何らかの障害が残っていれば別居することもできなかったので、むこうの家にひとりで住み続けることは出来なくなったが、何の心配もなく別居することが出来たのでそれは良かったと思うことにしている。
そして紆余曲折して去年の年末に実家に戻ってくることができたのだが、実家は築56年、いろいろな箇所でガタが来ている。
水道管、ガス管、電気配線などは家を建てた当時のままなので2年前の定期点検ではあと5年もったらいい方なので早めに対応したほうがいいと言われているそうだ。
新築当時の土台のまま何回かにわたって増築を繰り返し、2階まで作ってしまったので、家の中を歩くとギシギシする箇所がかなりある。
もしかしたらシロアリに食われているのかもと不安になる毎日だ。
母なりの防犯なのだろうが、サッシの溝に長い棒を入れて、途中まで開くがそれ以上開けられないようにしていたり、サッシ自体の建付けが悪くなっているのでガムテープでとめていたりと家じゅうの窓類は凄いことになっていた。
差し込まれた棒のせいで暑くてもそれ以上開けることができない。
棒を外そうとしても埃やら油やらで固まってしまっていてなかなか外れない。
窓自体もも建付けも悪いのは確かだが、枠に入れなおせば直るものを、力がない母は全てガムテープを貼って固定している。
家の中も不安だらけだが、家の外回りにもかなり問題がある。
家の敷地は結構広いのに壊れた椅子やら、テーブルの残骸が家の周りに散乱していて、そんな状況なのに花だけは植えられている。
先日網戸がボロボロで張替え作業を家の南側だけ済ませたが、今度は北側に取り掛かったのだが、ジャングルと化して物干し台まで行けないとボヤいていた南側は北側に比べたら可愛いものだった。
何のためなのか、捨て場所に困ったのか、カーペットやら絨毯が地べたに敷かれていて(ただ置いただけかも)日当たりが悪いせいか水分を含んでいてぬかるんでいる。
ぐしょぐしょになっている地べたに壊れた椅子やテーブルの残骸が至る所にあるので通り道がさらに狭くなっている。
南側は花壇とか野菜を育てる畑とかきちんと区画されてそれなりに綺麗にはしているけど、北側はもはや足を踏み入れるのも大変なくらい所狭しと草が生えている。
丈もかなり伸びていてこっちが本当のジャングルだなと思った。
いずれは北側の草刈りをしないといけないとは思うが、とりあえず網戸を運ぶための通り道だけ草を刈ってみた。
何もなければ苦労もしないはずがそんなトラップのせいで外した網戸を南側の仮作業場に運ぶのにもものすごく苦労した。
網戸を外すのにも埃なのか、油なのかわからないが、長年にわたって蓄積された黒い塊のせいでなかなか外れななかった。
まぁ、これだけいろいろなトラップがあるから、これから夏に夜中に網戸にして寝ていても泥棒さんは入って来れない気がするけど、、、
作業にはまたたっぷり汗をかいたが、先日の作業でコツをつかんだので思った以上に短い時間で終了することが出来た。
外回りの管理も大変だけど、家の中も蛍光灯が切れたり、壁の一部補修など毎日のように行うことになり、古い家を管理するのは本当に大変だ。
作業自体は嫌いじゃないけど、こんなに広いと何をするにも1日じゃ終わらなくてこれから歳をとっていけばいくほど体がきかなくなって自分だけで管理していくのは本当に難しくなっていくことだろう。
母じゃないけどガムテープで補修する気持ちもわからなくはないな。
やっぱり私は母亡きあとは庭の無い小さなアパート暮らしでいいかな。
その79 へつづく


